サンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館を訪れた。ネヴァ川沿いに建ち並ぶきらびやかな建物、階段には深紅の絨毯、孔雀を型どった金の機械式時計、レオナルド・ダ・ヴィンチやレンブラントなど名画の数々。
その絢爛豪華な様に圧倒されながら私ははじめて、このエルミタージュ美術館のコレクションをはじめた女帝エカチェリーナ2世こそが、かつて世界最大級のルビーを持っていた人物である、という話を知った。なんとそのルビーは鶏の卵大(!)の大きさで、それが彼女の王冠に輝いていた(現在は行方不明)という。富と権力と美(青年も含む)をほしいままにしたロシア帝国の女帝である。一般庶民の私は、かの美術館でせいぜい溜息を吐くばかりである。
しかしそんな私がもっとも惹かれるのは、やっぱりルビー。言わずもがな、エカチェリーナ2世の王冠のルビーの美しさたるやそれはきっともう素晴しかろう(見たことないけど)。そりゃ手に入れられるものなら俄然欲しい。けれど、私が心惹かれるルビーはそのルビーじゃない。人造ルビーだ。
なぜなら、宝石のなかでもルビーが一番初めに造られた人造宝石だから。時は1902年フランス、パリ、その夢の錬金術の成功を公表したのは科学者オーギュスト・ヴィクトル・ルイ・ベルヌーイ。
これまで人間たちは血道をあげて金や宝石造りに挑戦してきた。古代エジプトのパピルスに記された宝石造りにはじまり、中世には賢者の石で鉛を黄金にしようと奮闘したり、後には科学者がダイヤモンドを造ろうと石油と動物の骨の油に金属をくわえて炉に放り込んだり……そして遂にはガラスに色をつけたイミテーションの宝石なんかではなく、化学成分まできちんと同じ本物の宝石を、人間の手で、科学の力で造り出そうとしたのである。
その果てに、富も権力も持たない人間が頭だけを懸命にひねって、ロシアの女帝が持ったよりもなお大きなルビーをその手に入れることができる日が現実になろうとは、なんとロマンチックなことか。
今でも人造ルビーの生成法はその名をとってベルヌーイ法と呼ばれているそう。ベルヌーイはルビーと組成が同じサファイヤ造りにもその3年後に成功。人造宝石の歴史が切り開かれてゆく。
ところで、どういうわけか人々は本物志向だそうで、軍用や工業用を別にして装飾品は天然のものに比べると人造宝石というやつは随分安値で取引されているらしい。けれど、私にとってそれは本物のロマンチック以外のなにものでもない。