「ハイジュエリー」という言葉から一般的に思い浮かべるのは、豪華絢爛で非常にデコラティブなジュエリーではないだろうか。だが今回ご紹介するミスター・リュウの作品は一味違う。ミニマルでユニセックスな世界観は、現代的にアップデートされたハイジュエリーを私達に提示してくれる。
デザイナーのニコラス・リュウは香港出身。幼い頃から装飾美術、特に職人の技術が光るアンティークオブジェや工芸品に強い関心を抱いていたそうだ。ロンドンで美大に進学したニコラスは、当初プロダクトデザインを専攻していたが、その内にジュエリーが持つ精緻なディテールの虜となり、ジュエリーデザイナーを志すに至った。
ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業した後はGIAで宝石についても専門的に学び、デザインコンサルタントとして働き始めた。僅か数年の間にルイ・ヴィトンやジョージ・ジェンセンなど、数多くの著名ブランドとの実績を積んだニコラスは、2015年にティファニーのハイジュエリーコレクションとカスタムデザインのディレクターに就任。2019年に自身のブランド、ミスター・リュウを立ち上げた。
かつては女性らしさの象徴であった真珠は近年ユニセックスな存在へとシフトしつつあるが、ニコラスはユニセックスな真珠ジュエリーを提案した先駆者の一人でもある。Tentacle Cuff と Urchin Pearl Ring はどちらも、地金をマットなグレーゴールドに仕立てる事によって真珠の光沢感が引き立てられていると同時に、ハードな印象になりがちなモノトーンに絶妙な温かみを加えている。
どちらもミニマルなシルエットの中にダイヤのディテールがアクセントとなっているが、特に Urchin Pearl Ring におけるダイヤの留め方は新鮮で、外側にはダイヤのテーブル面が、内側にはダイヤのキューレットが剥き出しになっている。キューレットは真珠の表面にぐるりと一周映り込んでおり、まるで真珠にも装飾を施しているように見える。
Tentacle (触手)やUrchin(ウニ)といったように自然のモチーフからインスピレーションを得る事が多いというニコラスは、自身の作風を「有機物から抽出された形状を曲線のグラフィックラインで強調して、洗練されたムード溢れるロマンティックな世界を呼び起こす。」と表現する。一見ミニマルなデザインであっても決して無機質な印象にはならないのがニコラスならではの特徴だと言える。
冒頭画像の Maharaja Necklace はニコラスがお気に入りの作品の一つで、インドの支配階級が身に着ける壮大で煌びやかなジュエリーへのオマージュとして製作したものだという。通常であればエメラルドやルビーなど鮮やかな色彩使いのレイヤードスタイルが特徴的なインドジュエリーを、あえて無色透明のロッククリスタルで再解釈している点がニコラスらしい。様々なファンシーカットのロッククリスタルが織り成す世界は、洗練されたモードな雰囲気を感じさせる。このネックレスは変形可能で、上記画像のように二つの異なるネックレスとしても着用できるのだが、ニコラスの作品にはこのように変形可能な仕掛けが施されているものが多い。
例えば Orchid Earrings はペタル部分がスライドして開く仕掛けになっており、気分に合わせて異なるスタイリングを楽しめる。Medusa Pendant Brooch はパールをブラックゴールドの球体と付け替える事も出来れば、バチカン部分を後ろに折り畳んでブローチとして使用する事も出来る。ペンダントとして着用する際にはブローチ金具を取り外せるため、金具が衣服や肌を傷つける心配が無い。一つのアイテムを何通りにも楽しめるデザインは非常に実用的であり、作り込まれた細やかな仕掛けは観る者をワクワクさせる。
感性においても実用性においても、ニコラスの作品から感じるのは、現代におけるリアルな時代精神だ。クラシカルなハイジュエリーはもちろん芸術品として価値ある素晴らしいものだが、あまりにも実用性に乏しかったり、時代錯誤な固定観念を感じることも少なくない。そんな中でニコラスの作品からは新しいハイジュエリーの息吹を感じる事ができた。
自身のブランドを立ち上げたばかりのニコラスは、よりユニークな石留め技術や地金の表面処理を探究していきたいそうだ。次はどんな新しい風をハイジュエリーに吹き込んでくれるのか、今後の活躍に期待したいデザイナーの一人である。
画像・資料提供
Mr. Lieou | https://www.mrlieou.com