宝石研磨が根付く街、山梨・甲府。
水が美しく緑豊かなこの街の駅から車で揺られること10分、閑静な住宅街の中に大きな窓をたたえた白い工房があります。
ここは、宝石研磨でも珍しい手磨りの技術を継承するシミズ貴石の工房。優しい光が差し込むその工房で、今回、研磨士の大城かん奈さんを尋ねました。
甲府、そして宝石研磨へ
現在は、手磨りの宝石研磨士としてファンも多く持つかん奈さんですが、静岡で生まれ育った後、最初に就いたお仕事は、なんと映画制作。小道具を担当されていたそうです。
映画の現場の中で触れた「ジュエリー」にある時強く心惹かれ、大きな方向転換をして、甲府に拠点を移されました。
「当たり前といえば当たり前なのですが、ジュエリーは「人が身に着けることで完成する」というところに心惹かれました。職人や作家の手を離れるときはまだ未完成。
誰でもすぐにそのキャンバスになれるし、何か言葉を介さずとも、着用した人の纏う空気が変わるところが、ジュエリーが好きなポイントです。衣類を着て得られる効果とはまた少し違うのですよね。」
– 甲府という土地を選び、移られた理由はなんだったのでしょうか?
「ジュエリーを学びたいと思っていたところ、地場産業としてジュエリー産業が盛んで、甲府市には全国唯一のジュエリーの専門学校である「山梨県立宝石美術専門学校」があることを知りました。学校では現役の職人さんからも直接ご指導いただけるとのことで、ジュエリーを一から学ぶにはとても良い環境だと思いました。」
「自然が豊かで、出身地である静岡の隣であることも魅力の一つでした。」
– 学んでいく中で自然と「宝石研磨」に入れ込んでいったのですか?
「実はジュエリーを学び始めた当初はあまり宝石研磨に興味がありませんでした。『宝石研磨=石を定型サイズに揃えて、キラキラしたカットにするのがセオリーの、すでに完成しきった世界』なのだろうと思い込んでいました。」
「しかし師匠の清水がおこなっている手磨りに出会ったことで、考え方が一変しました。私の知識はほんの一部分に過ぎず、本当はまだまだ表現の可能性に満ち溢れた、とても自由な世界なのだと知りました。」
かん奈さんの師匠、清水幸雄氏は手磨り職人の第一人者。世界でただ一人、「桔梗カット」を生み出せる現代の名工として作品を作りながらも、山梨県立宝石美術専門学校で教鞭を執るなど、後継者の育成にも力を入れられています。
伝統技術「手磨り」
「手磨り」とは言葉の通り、治具(角度などを決める器具)などを一切使用せず、手の感覚だけで宝石を研磨する技術で、石の自然な美しさや個性を最大限に引き出す研磨技法。
かん奈さんはシミズ貴石での仕事と並行し、個人の作品制作でも活躍されており、そのカットはファンの間では「カンナカット」としても知られています。
– かん奈さんを虜にする”手磨りの魅力”について伺わせてください。
「最初の石取りから最後の仕上げまで、ずっと手の中で石全体のバランスを感じながら自由に研磨出来ることが一番の魅力でしょうか。」
「特にランダムカットは手磨りと相性の良いカットの一つですが、石全体のバランスを見ながら大胆なカットを入れてみたり、角度の異なる細かいカットを散らしてみたりと、手の自由さを生かした研磨を重ねていくことで独特のリズムを持った唯一のルースが生まれます。」
「学生時代から国内外の作家さんのコンテンポラリージュエリーを見て衝撃を受け、そこからは商業的なものよりも、たとえ少数でも個人が深く共感出来るジュエリーにより強い魅力を感じてきましたが、宝石研磨の中でも”手磨り”には、それに通ずる魅力があります。」
「また、治具に装着する必要がないので『やっぱりこの石はここをこうした方が素敵かもしれない』と思ったらすぐに路線変更も可能です。」
「反対に、治具を使ったファセッター研磨は、予め決められたカットの量産には向いていますが、途中で形状変更をする場合は一旦治具から外して工程を組み立て直さねばならず、非常に手間がかかるのです。」
「その他には、手が研磨時の振動を吸収してくれることで石への負担が最小限に抑えられることも魅力です。デリケートな石の修理をする時などは手磨りの方が有利な場合が多々あります。」
– かん奈さんのカットからは、そのお人柄、優しい雰囲気が漏れ伝わってきます。それが「カンナカット」の魅力ですが、手磨りする際のインスピレーションの源はなんでしょうか?
「カットに入る時は、最初から感覚で切り込んでいくのではなく、ひとつひとつの石をじっと眺めて、それぞれの魅力をどのように見せたら良いかイメージを膨らませてから始めます。そして、ある程度ベースの形が出来てきたら、そこからは感覚に任せて切り進めていきます。」
「たまに自分の意図しないところで偶然良いファセットが生まれる瞬間があるのですが、それは手磨りならではの醍醐味として絶対に見逃さないようにしています。そのファセットが生んでくれたリズムやバランスをきっかけにしてルース全体の表情を決めていくと、自分の想像よりも生き生きとした仕上がりになりやすいです。」
「また、仕事で毎日のように触れている原石の表情から着想を得ることも多いです。成長の過程で生まれた、原石にしかない”伸びやかで美しいかたち”を最小限のカットで表現するのがいつかの理想です。」
– シミズ貴石でのお仕事と個人活動の両輪で活躍されるかん奈さん。それぞれの違いはなんでしょうか?
「仕事では本当に様々な内容のご依頼をいただきますので、ご注文に応えていく中で技術や知識が鍛えられます。手磨りで制作出来ない場合はファセッターも使いますし、簡単な彫り細工をすることもありますので、自然と自分の引き出しが増えていきます。」
「一方、個人活動はおもに休日や終業後に行っているのですが、サイズや用途を気にせずゆったりとした気持ちで作品を制作したり、日々の仕事の中で思い付いたアイディアを試してみたりと、仕事ではなかなかチャレンジ出来ないことをじっくりやらせてもらっています。ありがたいことに思い付いたアイディアや工法が仕事で採用されることも多くなりました。休日も工房を自由に使わせてもらえて、それもありがたいです。」
「仕事では職人として必要な技術や経験を積んでいかなければいけませんし、個人製作はその技術をさらに深め、自分なりに発展させるための大切な時間です。両方行うのは結構大変なのですが、私にとってはどちらも欠かせないものです。」
「手磨り」のこれから
「手磨り」は、世界でも山梨県・甲府市のみで伝わってきた技術。日本で10人に満たないと言われ、その中でも女性はかん奈さんのみではないかと言われています。
「残念ながら、私の知る限りでは他に若手の手磨り職人さんがいらっしゃるというお話は伺っておらず、いつか私1人しかいなくなってしまうのではないかという寂しさと怖さが正直あります。とにかく今の自分に出来ることは、師匠である清水をはじめ、他の先輩方の技を少しでも多く習得して受け継いでいくことしかないと思っています。」
– 希少な技術の「手磨り」ですが直接見られる機会はありますか?
「毎年甲府市で11月に行われる「ジュエリーツーリズム」というイベントで、一般のお客様向けの工房見学ツアーを行なっています。手磨りだけでなく、原石を保管してある部屋やファセッター研磨職人の作業しているところも間近でご覧いただけます。」
見学ツアーは1日6回×2日間開催。一回につき定員10名様までですので事前予約がお勧めです。他の工房やジュエリーのお店も巡って楽しめるイベントですので、興味のある方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか。
やまなしジュエリーツーリズム 2024
日時:2024.11.2 sat. – 3 sun. 10:00-17:00
場所:山梨全域
URL:https://www.yamanashi-jewelry-tourism.jp山梨のジュエリー工房やお店を自由に回って楽しむイベントです。普段開放していない工房でワークショップを行ったり、工房直営店でお得にお買い物をしたりと、ジュエリーの町・甲府を満喫することが出来ます。事前予約が必要な場所もありますので、詳しくは公式HPをご覧ください。
また、東京都内で大城かん奈さんの個人活動「Canna Oshiro」の個展も開催されますので、ぜひそちらにも足をお運びください。
Canna Oshiro Exhibition with Chiyo Ibe (HORTENCE)
日時:2024.10.26 sat. – 11.3 sun. 12:00-18:00 *最終日は17:00まで
場所:MIN GALLERY
住所:〒152-0004 東京都目黒区鷹番3-5-6 2F
URL:https://min-gallery.jp/blogs/exhibition/canna-oshiro-exhibition-with-chiyo-ibe-hortence
tel:03-6412-8905
「「甲府の工房を訪ねて」《canna oshiro》大城かん奈さん – 後編 –」では、かん奈さんの工房について、そしてその周りのおすすめの場所について、ご紹介いただきます。