旅を経て、新しい場所と未来図を描く《SIRI SIRI》インタビュー − 後編

2019.10.28

今夏、《SIRI SIRI(シリシリ)》の初となる路面店が赤坂にオープンしました。インタビューの前編では、現在、スイスを拠点としている代表・デザイナーの岡本菜穂さんに、新店舗のコンセプトや空間設計のイメージ共有のために訪れた旅のストーリーをまとめています。後編では、ブランドの変遷とこれからについてを伺いました。

無意識に表れる、美しい原風景

「海がないスイスという国では、湖が身近な存在です。週末に少し足を伸ばして、水がきれいな湖と壮大な自然のある風景を眺めながらゆっくりと過ごす人も多いです。工藤さんにも聞いてみたら、早朝の霧立つ湖の風景をよく覚えていると。その光景は、彼女の原風景といえるのかもしれません。静寂に包まれ、霧が立った幻想的な美しさは、この新店舗の設計にも無意識に表れていると感じています」

スイスという大自然が間近にある環境で育った工藤さんの原風景とは異なり、岡本さん自身の原風景はコンクリートでできたビル群のような無機質なものだという。

「世田谷で生まれ育ったので、小さい頃の遊び場所は環七沿いのガソリンスタンドの上とか自然とは正反対の環境でした。だから憧れはあったけれど、自然は怖いという意識が根底にありましたね。

ただ年を経るごとに自然の中で過ごしてみると、同じように見えて季節はもちろん日々表情が変わる様子であったり、自然と一言でいっても言葉では言い切れないほどの種類があって、その広大なものに包み込んでもらうような感覚の心地よさというものは少しずつわかってきましたね。山々に囲まれたスイスで暮らすようになって、それはより顕著ですね。そうした意識の変化もあって、もしかしたら私自身のデザインの傾向も変わってきているのかもしれません」

まだまだ工藤さんのように道に咲く小さな花には気づけないですけどねと、岡本さんは笑った。そんな彼女にとってもう一つの原風景ともいえるのは実家の空間かもしれない。

「父が建築家で、実家はバウハウスの影響を受けたインテリアが中心でした。ネイビーやオレンジなど色が溢れた家で育ったので、カラフルなものが好きなのはここに由縁があると思います。

色は好きだし魅力的なものだけれどもジュエリーはあくまで服に馴染ませたいという想いがあって、《SIRI SIRI(シリシリ)》のジュエリーで色のあるものは少ないです。ブランド設立当時は、使用していたガラス棒にカラーバリエーションが少なかったなどの理由もありますが、色幅の展開が大きく広がった現在でも意図して強い色は使わないですね。

その反面、新店舗の空間には色を使いたいと思っていました。黒とブルーグレーを軸とした空間プランだったので、これだけではコンサバになりすぎるなと。個人的に好きな赤をプラスしたいと伝えました」

赤といってもそのバリエーションは無限にある。空間に映えつつ、主張しすぎない、そして岡本さん好みの赤を工藤さんは迷うことなく選んだという。2色提案されたものから選ばれた赤いテキスタイルが、店舗空間のインテリアに採用されている。

レジ空間横の小さな間仕切と試着スペースには、デンマークのテキスタイルブランドKvadrat(クヴァドラ)の赤い生地を採用。二人で訪れたミラノサローネでインスピレーションを受け、現地で選んだ。
ピアスやネックレスをかけている小さな什器は、岡本さんがスイスで製作したオリジナル。90度の曲げ技術で作った棒状のパーツを組み合わせている。

いま一度立ち止まり、無になってモノづくりに向き合う

着々とコレクションは増え、念願の路面店もオープンした現在、《SIRI SIRI(シリシリ)》というブランドの未来予想図は何を描いているのだろうか?

「ブランドがスタートして今年で13年目ですが、少し前から一度何もないところで無になってモノづくりに改めて向き合いたいという想いがありました。東京生まれ東京育ちの私にとっては無意識にスピードの速い流行を追いかけていることが普通だと思っていたのですが、それに対して少しずつ疑問を感じるようになって。この速さに身を任せていて良いのか?と。この違和感を解消するには、一度立ち止まってみることが必要だと思ったことが大きな理由ですね。それを叶えるために海外留学を決め、昨年より拠点はスイスです。

スイスで生活するようになって、“ロングライフデザイン”を改めて考えるようになりました。たとえばスイスのスーパーマーケットを見てみるとすごく人気のお菓子があるんですけど、そのお菓子は味もパッケージデザインも40年ほぼ変わっていないんです。日本のお菓子は一度人気が出ると味のバリエーションを増やしたり季節限定味を出したり、定期的にパッケージデザインを変えたりして、何かしらの変化が伴って提供しているブランドが多いですよね。ビジネス的にはこうしたサイクルの速さは必要だと思うのですが、1つのプロダクトを長く届けることの強さや心地よさはすごく羨ましく思います。

こうして社会人経験を10年ほど経て、いま改めて学びのターンに入った感じです。クリエティブは私自身が好きなことだから自然とできることですが、ビジネスは得意とはいえません。だからこそ、私が日本を離れている間にビジネスを任せることができるスタッフに恵まれ、ブランドとして具現化できることが増えている現状は本当に恵まれていると思っています。

そしてブランドがスタートした当初に比べると、私が思い描くデザインを形作ってくれる職人さんとの縁にも恵まれていますが、まだまだ職人不足は否めません。そこで技術だけでなくイメージを共有し共通のクリエティブ言語でやりとりができる若い世代の作り手を育てる一助になればと、スクール事業の『ATRIUM』も開始しました(『ATRIUM』の次回開催は未定)。こうしてクリエイティブな繋がりが広がっていくことは、《SIRI SIRI(シリシリ)》の新しい創造にも通づることなので、今後さらに展開していきたいですね」

ガラスの軽やかさと、詩的な表情をみせる CLASSIC Collection。初期から展開している人気のネックレスは、皇太子妃雅子様、キャロラン・ケネディ元駐日米国大使もお召しになった。初期のプロダクトでは留め具部分もガラス仕様となっていたが、お客様からの要望などを取り入れ現在は真鍮(ゴールドコーティング)のチェーンを採用している。

デザインには隙間を残し、想いが宿るものをつくりたい

「卸値もわからず、バイヤーさんに教えてもらったりしながらスタートした初期の頃が懐かしいですが、当時から大切にしているのは良い意味での“素人的な視点”です。新しいデザインが浮かんで、技術や素材的に具現化するのが難しいかも?と思っても、そこは経験が積み重なっていくと実験や挑戦をする前に無理だと自己判断することがないようにしています。

プロダクトを愛用してくださっているお客様にお会いすると、各々が語ってくれるんです。《SIRI SIRI(シリシリ)》のジュエリーが、彼女たちの人生にどう関わってきたのかという物語を聞くと本当に嬉しいと思う反面、デザインには隙間を残しておくのが大切だとも感じます。隙間を作ることで、使い手の想いや人生を投影できる。あくまでジュエリーは脇役なんだと」

スイスで活動するようになって、いつかはこの国にもアトリエを構えてもいいかもと考えているという。

「EUに加盟していないスイスは移民に対して厳しいのでビジネスの拠点としてはなかなか課題も多いと思うのですが、こうして巡りあえた地にいつかアトリエを構えることができたらまた新しい何かが始まる気がしています。

情報社会になり、マスマーケットに向けたプロダクトがとても速いスピードでサイクルしていた時代が現代だとすると、いろんなものが失われた時代でもあります。その一方で、そうして失われたものがまた脚光を浴びている部分もある。たとえば、雑誌が売れないと言われていますが、先日行われたTOKYO ART BOOK FAIRはすごい人でしたよね。個人の根本的な欲求というか、正直さによって生まれたプロダクトに惹かれる人が増えているのかな、と。

想いが込められたものは無意識に人を惹きつけるし、その言葉にできないものが感動を生むのだとも思います。自分自身の好きを探求しながら、常にチャレンジしていきたいです」

スイスはいくつかの公用語がありますがその多くはドイツ語圏で、そのためか大学で学ぶことは実践的な内容が大半です。そこで“やおろずの神”の話(自然のものには全て神様が宿っているという考え方)やモノから想いが伝わるというような日本では当たり前に思われている感覚的なことを話すと、彼らからするととてもミステリアスで興味深いようです。こうしたことも研究していきたいと思っています」

今後はジュエリーだけでなく、ファッションやライフスタイルにまつわるアイテムも展開予定という《SIRI SIRI(シリシリ)》。スイスでの生活や学びも相まって、岡本菜穂さんが思い描く未来図はブランド設立時よりも確実に広がってきている。すでに少しずつ具現化しているプロジェクトもあり、この新しい空間が充ち満ちる日は遠くないのかもしれない。


Profile 《SIRI SIRI(シリシリ)》岡本菜穂
SIRI SIRI 代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒。2006年よりジュエリーブランド「SIRI SIRI」をスタート。建築、インテリアデザインを学んだ経験を活かし、ガラスなど身のまわりにある素材を使ってジュエリーをつくっている。
公式HP | https://sirisiri.jp


Text by Naoko Murata
Photo by Chihaya Kaminokawa





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