リングを創る、その喜びを追い求めて《SATOMI KAWAKITA JEWELRY》インタビュー

2019.5.11
2019年3月に東京・恵比寿で開催された受注会でのワンシーンより。

ニューヨークを拠点にし、トライベッカにあるショールーム兼スタジオで15名のスタッフとともに、制作の日々を送るー。ジュエリーデザイナーとしてまさに夢物語のようなキャリアを築き上げてきたのが、《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》のデザイナー、Satomi Kawakitaさんです。

しかし、ダイヤモンドセッターとしての技術を生かしながら、デザインも手がける繊細なジュエリーが人気を博すまでは、決して順風満帆とは言えないモノづくりへの強い憧憬がありました。思い描く理想の何かを創るために、Satomi Kawakitaさんが最初に出会い、選んだ素材は“ガラス”。そんな10代からスタートした、彼女のモノづくりの原点を伺いました。

2019年3月に東京・恵比寿で開催された受注会でのワンシーンより。

吹きガラスに憧れて、工房に通い始めた19歳の夏

「幼い頃、母が私の洋服を作ってくれていました。何かを作ることを仕事にしたいと思うようになったのは、そんな母の影響もあったかもしれません。また、高校生の時にテレビでガラス職人の仕事を見たことも大きなきっかけになり、ものを作ることを仕事にしたいと美術大学の受験を決意。ただ、当時はガラス学科がある芸大や美大も少なく、また実家から通えるという条件を満たせる少ない選択肢から、京都の嵯峨美術短期大学(現:嵯峨美術大学)に進学しました。

大学では、金属・木・テキスタイルなど幅広い素材を用いて学びました。2年生の時に、憧れだったガラスを学び、この素材でのモノづくりを追求したいなと吹きガラスの工房に通うようになりました。短大卒業後はフリーターでいろんなアルバイトをしてお金を貯めて、アメリカで行われていたガラスのワークショップに参加。約2ヶ月の留学でしたが、当時は語学もできず、ガラスのテクニックも上手くなったのかすらよくわからずで、大きな挫折でしたね」

しかし、ガラスへの想いは尽きることなく、帰国後も大阪のガラス工房でアシスタントをしながら、模索する日々を過ごした。

「20代前半は、スタイルどころか“自分”がなかったと思います。当時のガラス作品は、アートや芸術品の要素が強く、生活で使うものとはかけ離れていました。本当は日用品となるような使える作品を作りたいと思っているのに、それを言うこともできず、周囲の人のテクニックや作品に強く影響されて、自分が何を作りたいのか次第に分からなくなっていましたね。

さらに言うと、ガラスという素材と自分の相性の悪さにも少しずつ気づいていました。私が好きなモノづくりは、手芸のような時間をかけて試行錯誤すること。吹きガラスは素材の特徴的に、一度作り始めたら立ち止まることができません。瞬間芸であり、テクニックやセンスが色濃い。立ち止まって少しずつ進めるモノづくりをしたいのに、吹きガラスではそれができないことのジレンマと、ガラステクニックが上達しないことの苛立ちがありました」

そんな迷いながらの日々を過ごしていた頃、勤めていたガラス工房が急に閉鎖に。その後の進路を考えた時に、アメリカでガラスのワークショップを受けて以来、いつか実現したかった”語学留学”をこのタイミングでしようと決意。そして学生時代にお世話になった雑貨店で再びアルバイトをさせてもらえることになり、そこで働きながら留学資金を貯めるという生活をスタートした。 

「その頃は“ビーズ”がブームで、その雑貨店でもビーズで作るアクセサリーのキットを販売していました。そこからヒントをもらい、独学でビーズ織りをスタートしたんです。それを友人のブティックで委託販売してもらったらすごい勢いで売れ始めて。1999年~2001年くらいのことだったかな。セレクトショップでも取り扱っていただいたりして、しばらくは雑貨店でアルバイトをしながら、ビーズ織りのアクセサリーの制作を行っていたのですが、やがてそれでは生産が追いつかなくなり、アルバイトを退職。母や友だちにも手伝ってもらい、量産するようなビジネスになっていったんです」

インタビュー当日のSatomi Kawakitaさんの手元のコーディネート。新作はもちろん定番人気のモデルまで、好きなリングを重ね付けしたリアルなスタイルは、まさにブランドの世界観を体現している。

ガラスとお別れして、NYで本格的に彫金の道へ

「ビーズアクセサリーのビジネスで、あっという間に次の留学資金が貯まりました。このビジネスは好調でしたが、当時付き合っていたアメリカ人の彼氏が帰国することもあり、そのタイミングで1年語学留学をしようと渡米しました。

渡米先のボストンでは、語学学校に通い始めました。ただし語学学校だけではアメリカ人の友達を作ることも、現地の生活に溶け込むことも難しいとわかっていたので、当時唯一自分が持っていた吹きガラスの技術を武器に、ボストンに着いたその日から毎週末地元のガラス工房をポートフォリオを持ってつたない英語で何か自分に出来ることはないか?と訪ね歩きました。その結果、3軒目で私に興味を示してくれた工房があったので、そこでお手伝いをさせてもらうことになったんです。

そうしてガラス工房でお手伝いを始めて少し経つと、オーナーにビザをサポートするよと言ってもらえるようになりました。とても魅力的なお話だったんですが、新聞広告で見つけた初回相談無料のNYの弁護士に相談に行った時に『本当にガラスを続けたいの?』と聞かれて、改めて自問自答をしました。日本にいた頃にすでにガラスを続けることに疑問を感じていたこと、そしてビザは魅力的だけれど10年後自分がガラスをやっていることをやはりどうしても想像出来ない、と。そう考えた時に、以前から彫金に興味があったことを思い出したんです。

大阪にいた時に、ビーズアクセサリー作りをするうちに、市販のクラスプ(留め具)を使うことが引っかかるようになっていて。留め具のデザインでプロダクトの印象が大きく変わるので、いっそのことクラスプも自分で作ることができないかな?と思って、彫金の講座に何度か通っていたことがあったんです。吹きガラスと違って、私が求めるモノづくりのスタイルとスピードにすごく合っていたんですよね」

これだ!と思ったら、迷わず即行動する。相談に行った弁護士事務所を出てすぐに、以前から気になっていたジュエリーメイキングの専門学校Studio Jewellersに電話し、見学のアポイントを取り、その日のうちに入学手続きを完了。ボストンのガラス工房のビザの話も断り、8ヶ月の語学学校を終了後、2002年9月にニューヨークに引っ越した。

ブランドの原点ともいえるデザインのリング。「これを手がけた2004年頃は、ゴールドと宝石のファインジュエリーもクラシカルな雰囲気の正統派なデザインが多かったんです。このランダムに並んだダイヤモンドリングは、ナチュラルでオーガニックな雰囲気が新鮮だったんだと思います」と、Satomi Kawakitaさん。今でも人気の定番リングとして、問い合わせも多い。
同じデザインでも、石の大きさで印象が異なるリング。また、海外の方と日本人では手の大きさや指の太さも異なるため、《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》では石のサイズ展開も豊富。

思い描くモノづくりが叶い、彫金にのめり込む日々

「彫金を始めて、私に合っている!なんて楽しいの!と、とにかく充実した日々でした。在学当時も、卒業後に出来る仕事があったら紹介して欲しいと毎日先生に言い続け、日夜ひたすらに彫金の技術を習得するために邁進していました。

学校を卒業した後は、マスターセッターRichard Scandagliaのもとでダイヤモンドセッターとして働き始めました。仕事にも職場にも慣れてくると、そのうち自分でジュエリーを作りたくなっていったんです。週末に少しずつ、私がデザインしたオリジナルのジュエリーを手がけるようになりました。友人が買ってくれて、それが口コミで広がっていき、結婚指輪を作って欲しいなどのオーダーもいただくようになりました。ローカルなモノづくりに興味を持つ人が増えていた、時代の流れともうまくマッチしたんだと思います」

そうして、2008年に自身のブランド《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》をスタート。しかしブランド設立と同年にリーマン・ショックが起こり、世界規模の不況という不安な情勢に……。しばらくはダイヤモンドセッターとしての勤務仕事とプライベートブランドの制作と、2足のわらじ生活を継続した。だが、そんな不安をよそにお客さまの口コミは広がっていき、2009年にはジュエリーの取り扱いもあるインテリアショップ「MATTER」のショーケースに置いてもらえるようになるなど、着実にブランドは成長していった。

ブランド設立前、自身のジュエリーを少しずつ手がけるようになった当時は、高価な素材を仕入れる為の経済的なゆとりがなかったために細身なデザインが必然的に増えていった。「一つオーダーをもらって制作資金が貯まったら、また一つサンプルを作ることができるという制作ペースだったので、作ったものを徐々に自分の指に付け足していました。するとリングの本数が増えると見え方も随分違うし、おもしろいということに気づきました。当時は無意識でしたが、そんななりゆきで生まれたのが、今やブランドの代名詞にもなっている重ねづけです」と、語る。

SNSによる情報新時代、幸運のつながりで急成長へ

「2010年に会社として登録し、正式にブランドをスタート。地道に営業もして、常設してもらえるお店も増えていきました。そんなある日、ブランドのwebサイトにアクセスしていたユーザー数が驚異的に増えたんです。それまで1日20~30人ほどだったのが、ある朝チェックしたら800人に増加。これはなぜ?と、手探りでweb検索をしてみると、オレゴンに住むブロガーさんが紹介してくれた記事が要因らしいことが判明。彼女がブログ記事で紹介してくれたことで、他のブロガーさんの記事でも紹介されるようになって、あっという間に拡散していきました。

このブログがきっかけとなり、2004年のオープン以来ブルックリンを代表するアクセサリー・ジュエリーのセレクトショップとして人気の「Catbird」のバイヤーからコンタクトをもらい、新規取り扱いが開始。

オレゴンのブロガーさんには、すぐに御礼のメールをしましたね。彼女のブログの後に起こった出来事を報告したら、彼女も自分のことのように喜んでくれました。彼女とは未だに直接お会いしたことはないのですが、メールでのやり取りは続いています。私にはもともとビジネス的な戦略はなく、目の前にあることをただただがむしゃらにこなしてきたのですが、こういったラッキーなご縁によって、今現在までが続いていると思っています」

2014年にオープンした、ニューヨークのトライベッカにあるアトリエ兼ショールーム。ショールームは完全予約制となっており、自分へのご褒美にオーダーする人、ウェディングリングの相談に来る人を迎え入れている。ショールームのガラス越しに、スタッフが制作する様子を見ることも可能。制作チームのほかに、セールスチームのスタッフなど計15人で、《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》は、現在成り立っている。

人生を彩る指輪として選んでもらえる喜び

現在、《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》では、指輪だけで約150種のデザインが揃う。なぜ、こんなに指輪のデザインが多いのだろうか?

「私が作っていて、一番楽しいのが指輪です。ビーズアクセサリーを作っていた頃のことでも話しましたが、市販のパーツを使うことでどうしても自分の理想が損なわれるのが気になるんですよね。その点、リングは自己完結できるし、小さな円形の中でどれだけ自分の世界観を表現出来るか?と思うとワクワクするので、一番好きですね。

そして、結婚指輪の場合は人生の華やかなシーンを彩れることに責任も感じつつ、間接的に立ち会える嬉しさがあります。私が作ったものを結婚指輪として選んでもらえるだけでなく、『素敵な指輪をありがとう』と感謝されることも少なくありません。こうしたシーンに巡り合うたびに、ジュエリーを作っていて良かったと心から思います。

現在は、デザインやサンプル制作は私が行いますが、制作はスタッフに託しています。会社組織として活動することは、当初は乗り気ではありませんでした。自分の目の届く範囲で、私ができることを届けることが作り手としての自分には合っている思っていたのですが、商品を欲しいと言って下さるお客様をお待たせすることや、目の前のチャンスを逃していいのだろうかと悩みましたね。ただ、私1人でできることやその未来は想定できたのですが、スタッフとともにブランドを成長させていくという予測不能な未来を見てみたい気もしたんです。

常に、未知なるおもしろそうな道を選んできたのが、今の私を作っているのかもしれません。スタッフに気づかせてもらうことも多く、新しいモノの見方や解決方法を教えてもらっています。自分が興味あることだけを見て突き進んできましたが、1人ではできないことの可能性をいま実感しています」

インタビューを終えると同時にギャラリーの扉が開き、1組のカップルが訪れた。「ペアリングを見たくて」という彼らを、Satomi Kawakitaさんは眩しそうに見つめた。その横顔は、どこまでもにこやかで優しさに満ちていた。

リサイクルできる素材と受注生産制により、余分な労力や負荷がかからないサステイナブルな体制をブランド経営の軸としている。アメリカでは年に2回の展示会に合わせ、日本では巡回型の受注会を不定期に開催。

Profile 《SATOMI KAWAKITA JEWELRY(サトミカワキタジュエリー)》
ダイヤモンドセッターの経歴をもつデザイナーのSatomi Kawakitaさんが2008年にニューヨークで設立。口コミで評判が広がり、2012年に初めてスタッフが加入し、ブランド経営者としても始動。2014年に、トライベッカにアトリエ兼ショールームがオープン。
公式HP | https://www.satomikawakita.com


Text by Naoko Murata
photo by Makiko Nawa





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