アートピースのような存在感と、セカンドスキンのようなしなやかさ。どこか“両性具有的”な色気を内包するジュエリー「JOAQUIN BERAO」。1970年、イビザ島でファーストコレクションを発表して以来、類い稀なる独創性を貫いてきたジュエリーデザイナー ホアキン・ベラオ。そのクリエイションの背景には何があるのだろうか?待望のブランドリローンチを果たし、4年ぶりに来日したデザイナーに話を伺いました。
JJ:
4年ぶりの来日となりますが、久々に訪れた日本はいかがですか?
JOAQUIN BERAO:
目まぐるしく変化している街の様子に驚きました。ただその一方で、“美の感性に共鳴する感覚”は、初来日した当時に感じたものとさして大きく変わっていないようにも感じています。私自身が目で見て触れるものももちろんそうですが、1990年代にブランドが初上陸当時から、私のジュエリーを手に取ってくださる方たちの多くが完成したジュエリーだけではなく、その制作過程にまで興味を持ってくれることに心打たれました。どのようなプロセスと時間を経てこの世に生まれてきたのか、作品のストーリーに心を傾けてくれることは作り手にとって常に大きな喜びなのです。
JJ:
驚くべきほど長きにわたって創作の現場に立たれ、ご自身の個性とスタイルを貫かれている数少ないジュエリーデザイナーのひとりだと言われていますが、そもそもジュエリーデザイナーとしてスタートされるきっかけは何だったのでしょうか?最初のコレクションを発表されたイビザ島でどんなインスピレーションを得られたのかなど、当時についてお話いただけますか?
JOAQUIN BERAO:
イビザで暮らしていた時代(1970年代)はご存知のとおりヒッピー全盛期でした。この島はスペインが政局困難な時代においても自由に満ちていて、まさに“paraiso(パライソ=天国)”とも言うべき場所でした。その自由な精神を体感するために、当時はさまざまな国からアーティストたちが引き寄せ合うように集まってきたのですが、私もそのひとりでした。私が当時イビザに滞在した理由のひとつは、当時フランコ体制下で内戦中だったスペインの恐々たる独裁政治から逃れるため。ふたつめは、魂を自由に解き放つ感覚を味わうためです。
当時暮らしていた住居は石造りの複雑な建築物で8世帯ほどの小さな集合住宅でした。電気も通っておらず自然の光の中で生活する日々でしたが、美しく輝く海にもほど近く本当に素晴らしいロケーションでした。そこにはアーティストのコミュニティがあり、交流を深めた写真家や建築家からおおいに影響を受けました。私自身、建築に興味があり、絵を描くことや造形すること、とにかく手を動かすことが好きで照明制作なども手がけました。自分の人生を模索する上でいろいろなことに挑戦していた時代でしたが、この時はジュエリーデザインでお金を得ようとは思っていませんでした。ただ、この当時にデザインに対する想いや可能性を育み、覚醒させたのは事実です。
JJ:
イビザの後、マドリッドに戻られたのでしょうか?
JOAQUIN BERAO:
答えはYES and NOです。イビザのあとは少しの期間マヨルカ島へ移り、キューバに本拠地を移しました。キューバに滞在したのは1980年代の約10年間で、当時は工房のあるマドリッドとキューバを行ったり来たりの生活を送っていました。まったく異なる2つの文化を行き来することで多くの刺激を受けた時代です。当時キューバを選んだのは、スペイン語圏で言葉の不自由がなかったこともありますが、1番の理由は土地の美しさや豊かさでした。音楽、建築、色、自然、人、すべてがカラフルで美しく、デザインのインスピレーションにあふれ、ものづくりに携わる上でこの上ない魅力に満ちていました。
JJ:
JOAQUIN BERAOのジュエリーはしばしば、コンスタンティン・ブランクーシやヘンリー・ムーアといった20世紀を代表する彫刻家の作品を想起させます。ご自身も過去のインタビューでブランクーシの影響を示唆されていますが、そのあたりについてお話うかがえるでしょうか?
JOAQUIN BERAO:
“Simplicity is complexity resolved.(シンプルさとは、複雑さを解決したものである)”。ブランクーシが残した格言のなかで私が1番好きな言葉です。私の創作性に深く共鳴するこの言葉は、究極のシンプリシティーに到達するまでの長い長い道のりのすべてを物語っているように思います。計算し尽くされた引き算への概念は日本人の精神性にも通じているようにも感じています。
JJ:
2014年、ファンに惜しまれながらも日本を一時撤退されましたが、その直後に「TOKYO」と名付けたコレクションを発表されています。そのコレクションに込められた想いなどをお聞かせいただけますか?
JOAQUIN BERAO:
今思えば必然であり必要な時間だったのだと思いますが、私のものづくりにおける考え方に常に興味を抱き、深い部分で理解してくださる方が多かった日本を離れることはとても寂しい想いでした。その時に感じた日本への想いを表現したのが「TOKYO」です。私にとって東京は日本の象徴であり、“自然を身近に感じる街”でもありました。春は桜、秋はキンモクセイ、四季を通じて自然への敬意を忘れない人々の自然や土への慈しみを感じさせる街をイメージしながら創作したこのコレクションはクリエイティブで遊び心にあふれ、身につける人の創造性で形が次々に変化します。
たとえばこのバングル。私がこのコレクションの中で1番好きな作品のひとつですが、実は着物の“帯”をデフォルメしたものです。鳥をモティーフにしたこのネックレスは、身につけるその時の気分に合わせて幾通りにも変化させることが可能です。
JJ:
4年という期間を経て、ふたたび日本へブランドを再上陸させることについて、今どんな想いを抱かれていますか?
JOAQUIN BERAO:
自分の作品性がmaduroな(熟している)時期だと感じているこのタイミングに、新しいことに挑戦する機会が得られたことを大変嬉しく思っています。今回コレクションとともに展示している作品の中には、再会のシンボルとして創作したものも含まれています。このシンボルに託した想いは、自分の創作の原点に立ち返ること。自由に手を動かし、創作のプロセスそのものも楽しみながら生まれた造形です。
JJ:
こうした作品のひとつひとつは、どのようなプロセスを経て生み出されるのでしょうか?マドリッドの工房には何人もの職人さんとの連携で制作にあたられていると聞きますが、そのプロセスについて少し具体的にうかがっても良いでしょうか?
JOAQUIN BERAO:
工房はマドリッドにあるオフィスの目の前にあり、大きな工房のなかで7人の職人たちとジュエリーを製作しています。その内のひとり、古くから私の工房で働いてくれる信頼のおける職人と私は、すべてのデザインアイデアを共有しています。細かく分かれる作業はすべて分業しているのですが、まず、私が持っているデザインのアイデアを彼に提案し、cera(セラ=ジュエリーの原型となる樹脂ワックス)を手でいじる作業からスタートします。作業はすべてアナログで行い、CADなどの機械はいっさい使いません。
JJ:
セラを触ることから始まる制作プロセス……。そのあたりのプロセスをもう少しだけ具体的にうかがえますか?
JOAQUIN BERAO:
最初はまずセラを削ったり手で触りながら実際のジュエリーより大きな作品を作ります。この最初のプロセス、“手で実際に触れて感じること”は、私の創作過程の中でもっとも大切にしている部分でもあります。手で造形しながら、“肌で感じる心地よさ”を追求する作業を重ねていきます。彫刻家の創作プロセスにとても近い作業かもしれません。
JJ:
JOAQUIN BERAOのシルバージュエリーの魅力のひとつでもある艶やかな鏡のような輝きは、ご自身で「Mirror Finish」と呼ばれている制作工程で生み出されているとお聞きします。この“Mirror Finish”の工程がどのような作業なのか、うかがえる範囲内でお聞かせいただけますか?
JOAQUIN BERAO:
まず最初に丹念に時間をかけて磨くのですが、この工程の次に紙ヤスリを用いてさらに磨きます。この作業を終えると、土で出来た泥のような素材を全体に塗布してさらに磨きをかけ、その後、水と石鹸でこの工程で作品が纏った余分な油分をとります。最後に、光沢クリームを少しずつ塗布しながら何度も何度も、理想の輝きが生まれるまで磨きの作業を重ねる。この一連の作業がMirror Finishのおおまかな流れとなります。
JJ:
ひとつの作品に対して、この磨きの作業はどのくらいの時間を要するのでしょうか?
JOAQUIN BERAO:
たとえば、先ほどご紹介した「Bangle TOKYO」を例にあげると、大抵ひとりの職人が一気に磨きあげるのですが、5〜6時間かけて入念に作業にあたっています。トータルの時間に換算するよりも遥かに手のかかる、気の遠くなるようなプロセスのひとつでもあります。
JJ:
最後に、今作ってみたいコレクションのアイデアについてお話いただけますか?
JOAQUIN BERAO:
毎年新しいコレクションをリリースするのですが、今温めているテーマは「閃き(ひらめき)」です。パッと何かを思い付いたり、アイデアを思い付く際の最初のリアクションを鍵に、今まさに新しい幾つものアイデアを温めているところです。只今、伊勢丹にポップアップイベントを開催中(12月18日(火)まで)ですので、ぜひ足をお運びください。
JOAQUIN BERAO(ホアキン・ベラオ)
1982年の創業以来、スペイン・マドリッドを拠点に展開しているジュエリーブランド。彫刻作品や建築を思い起こさせる圧倒的な造形美と、主張し過ぎないエレガンス、一貫した熟練職人の手作業により生み出されるクオリティはスペイン王室も顧客に抱えるほど。日本では1990年から2014年まで展開後、4年のブランクを経て、2018年春より再上陸を果たす。
公式HP | http://joaquinberao.jp/
JOAQUIN BERAO Pop Up Shop
日時:2018.12.12 wed.−12.18 tue. 10:30–20:00
場所:伊勢丹新宿店本館1階=アクセサリー・プロモーション1
住所:〒160-0012 東京都新宿区新宿3-14-1
URL:http://www.isetan.co.jp
問合せ先:03-3352-1111
Text by Akari Matsuura