あなたはコンテンポラリージュエリーということばを聞いたことがありますか?ジュエリー愛好家の人なら一度は聞いたことがあるかもしれません。でも、それがどのようなジュエリーなのかと聞かれると困ってしまう人も少なくないでしょう。
この連載では、コンテンポラリージュエリーとはどのようなもので、どのような歴史をたどってきたのかを見ていきます。できるだけわかりやすく説明するようこころがけますが、コンテンポラリージュエリーという分野の性質上、ひとことで簡潔に説明することはできません。オランダのリズベット・デン・べステン(Liesbeth den Besten)は自著のなかで、自分が扱っているジュエリーについて説明しようとすると話が長くなって大変だとこぼしていましたが、この自虐ネタはコンテンポラリージュエリーにたずさわる人ならうなずけるところです。
まずは大まかな特徴からとらえていくと、コンテンポラリージュエリーでは自己表現や芸術表現に重きをおいたジュエリーが作られています。そのため商品ではなく作品として扱われます。コンテンポラリー=contemporary は「同時代の」「現代の」という意味ですから、今の時代に作られた、あるいは今の時代を反映したジュエリーだと言うこともできるでしょう。
どのような作品があるの?
コンテンポラリージュエリーの分野ではさまざまな表現が探られています。たとえば、身につけるという特性に着目し人体とジュエリーとの関係をテーマにしたものや、家に置いてあるときも彫刻やオブジェのように眺めて楽しめるものもあります。ジュエリーの役割(思い出の品やお守りなど)や、ジュエリーの歴史からインスピレーションを受けた作品も作られてきました。
このように、身につける行為やジュエリーの意味がテーマとなっている作品は、写真や映像、パフォーマンス、インスタレーションとして発表されることもあります。それぞれの例は連載をすすめながら紹介していきますので、今は、コンテンポラリージュエリーは装飾品の枠におさまらないジュエリーなのだということさえわかれば十分です。
身につけられるということ
ジュエリーならではの性質として身につけられることがあります。この性質は着用性や装着性とよばれます(今後このコラムでは「着用性」で統一します)。一般的なジュエリーで着用性というときは主に、重すぎたり大きすぎたり尖っていたりして、つけていて支障をきたなさないかどうかをいいます。これは技術的・機能的な次元の話です。
コンテンポラリージュエリーではここに、表現としての次元が加わってきます。その例としては、これまでにない新しい方法で装着する作品、特定の個人にしかフィットしない作品などがあります。これはジュエリー独自の表現を模索した結果として、着用の意味や効果を強調しているためであり、このような場合、市販のジュエリーならば守られて当然の重さやサイズのルールがあえて破られることもあります。もちろん、つけやすさと表現性とをうまく両立させている作品もたくさんあります。
どこで見ることができるの?
商品ではなく作品であることからわかるように、コンテンポラリージュエリーは美術館やギャラリーを中心に展示されてきました。そのような美術館のひとつに、ドイツのミュンヘンにある国際デザイン美術館、ディ・ノイエ・ザムルング(Die Neue Sammlung)があります。ここが所有するダナー・コレクションは世界最大級のコンテンポラリージュエリー・コレクションだといわれており、その一部は常設展示されていますので、この美術館に行けばいつでも見ることができます。ほかにも、ドイツのプフォルツハイム装身具美術館(Schmuckmuseum Pforzheim)、イギリスのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館などでもコンテンポラリージュエリーを見ることができます。
日本の美術館では企画展で主要なアーティストの作品を見られることがあります。近年では、ミュンヘン在住のアーティスト、オットー・クンツリ(Otto Künzli)の回顧展「オットー・クンツリ展」が2015年に東京都庭園美術館で行われました。
代表的なギャラリーには、オランダのナイメーヘンにあるギャラリー・マゼー(Galerie Marzee)があります。1979年にオープンした歴史あるギャラリーで、ガラス張りの展示室を併設した4階建てのビルには世界中から集められたコレクションが並んでいます。日本であれば東京のgallery deux poissons、京都のgallery C.A.J. などでコンテンポラリージュエリーを扱っています。
どのような芸術作品もそうですが、ジュエリーもまた実物を直接見ることをおすすめします。ジュエリーはわずか0.数ミリの違いで印象が変わるとても小さな細工物です。細部の作りや仕上げ、つけ心地はじっさいに見て手に取らないと判断できません(ギャラリーなどで作品を手に取りたいときは必ず許可をとるようにしましょう)。
未来まで残す価値を認められて美術館に収蔵されたり、ギャラリーで大勢の人に見てもらうことも重要ですが、ジュエリーはやはり身につけられることで本領を発揮します。そして、日常生活にとけこみ普段アートに興味のない人の目にもとまることができるのは、ジュエリーという表現の強みでもあります。
過去の定義
ここまで見てきただけでも、コンテンポラリージュエリーは一般的なジュエリーと比べて複雑なジュエリーであることがおわかりいただけたと思いますが、始めからそうだったわけではありません。
1970年にはフィリップ・モートン(Philip Morton)が「今の時代における考えや造形、関係性が反映されたジュエリー」と定義づけ、同時代の現代美術分野の表現をジュエリーに応用したものであるというふうに説明しています。そのおよそ20年後の1993年にはデイビッド・ワトキンズ(David Watkins)が、コンテンポラリージュエリーは「商業性ではなく革新や美しさを特徴とし、常に個人主義的な性質を呈してきた」ジュエリーであると説き、商品ではなく作品としての側面を強調しています。
2013年には、ダミアン・スキナー(Damian Skinner)が「コンテンポラリージュエリーとは、身体を指向する自己言及的なスタジオクラフトである」と定義しています。「身体を指向する」とは、人の体と関係していたり人の体をテーマにしているというほどの意味で、「身体性」という言葉で表されます。「自己言及的」とは、ジュエリーとは何か、コンテンポラリージュエリーとは何かと問うことや、ジュエリーそのものの特質や歴史に目を向けることと考えればよいでしょう。「スタジオクラフト」は、実用性より芸術性を重視するクラフト作品やその創作活動のことをいいます。
3つの定義をくらべてみると、時代を追うごとに、より多岐にわたる表現を包括できるようなかたちに変化していっているのがわかります。次回からは、欧米での動きを中心にコンテンポラリージュエリーの歴史を振りかえりながら、その変化の過程を追っていきます。
【参考文献】
Liesbeth den Besten, On Jewellery: A Compendium of International Contemporary Jewellery, Stuttgart: Arnoldosche Art Publishers, 2011
Damian Skinner (Ed.), Contemporary Jewelry in Perspective, New York: Lark Books, 2013
Philip Morton, Contemporary Jewelry: A Craftsman’s Handbook, New York: Holt, Rinehart and Winston, Inc.,1970
David Watkins, The Best in Contemporary Jewellery, Hove: Rotovision, 1994
Helen Drutt English, Peter Dormer, Jewelry of Our Time: Art: Ornament and Obsession, New York: Rizzoli, 1995
※この連載は、以前このウェブマガジンに掲載されていた同タイトルの連載を大幅にお色直ししたものであり、その内容は2021年5月1日に開催されたコンテンポラリージュエリーシンポジウム東京のオンラインプログラム「コンテンポラリージュエリーの基礎知識」の講義に基づいています。
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※より詳しく知りたい人が検索しやすいよう、一部の固有名詞は原文を併記しています。