ラピスラズリ ラピスラズリの青

学生の頃に私が教わった美術の先生は、子どもの頃から絵を描くのが大好きで、陽が暮れて真っ暗になった中でも顔料を溶いた絵の具で絵を書き続けていたので、その指先だけで全ての色の違いがわかるようになった、と話していた。その先生によれば、顔料はそれぞれ粒子の大きさが違うので、ひとつひとつの色は、全て手触りが異なるのだそうである。
その話にすっかり魅了された私は生まれて初めて、そうか絵の具というのは決して魔法のように何か突然色があらわれるわけでなく、鉱石や植物、動物、今は科学物質も含め、ひとつひとつ異なる様々なものからつくられているのだ、ということを知った(よく考えたらあたりまえなのだけれど)。

大人になった私は絵を描くようになって、時折洋画や日本画の画材店へも行くのだが、その棚に整然と並べられている銀色のチューブに詰まった絵の具たちや、ガラスの薬瓶に入れられた色とりどりの顔料たちを見ると、いつだってすっかり圧倒されてしまう。この色たちは一体どこからやってきたのだろうと思いをめぐらせるだけで、色を塗るよりも前から私は感動してしまう。

中でも飛び抜けて鮮やかで高貴なのは、ラピスラズリの青。まあ実際お値段も高級である。
中世ヨーロッパで何より珍重されたのは、そのラピスラズリの青、ウルトラマリン。その色名ウルトラ(超える)マリン(海)名はアフガニスタンでしかラピスラズリが産出しなかったため遥々海路で運ばれたことからつけられたという。(私は確か随分昔にアフガニスタンのお土産でラピスラズリの小箱をいただいたことがあるが、それはそのラピスラズリ鉱山Sar-i Sangのものだったのかもしれない!)

15世紀ジャン・ルベーグ編纂『色彩についての諸書』にはラピスラズリから青を抽出する方法が書かれている。だが、これ気が遠くなりそうなほど大変そうである。
「ラピスラズリ1ポンドに対し、コロホニウム(松脂)6オンス、マスチック(乳香)2オンス、蝋2オンス、木タール2オンス、スパイク油あるいは亜麻仁油1オンス、テレビン油2分の1オンスである。これらすべてを混ぜたものを鍋に入れて火にかけ、溶ける寸前まで煮た後、これを漉して、得られる物質を冷水に集め、ラピスラズリの粉末とよく混ざり合うようかき混ぜたうえで、8日間置いて休ませなさい。休ませれば休ませるほど、見事な青が得られる。」(「色彩—色材の文化史」フランソワ・ドラマール&ベルナール・ギノー著、柏木博監修、ヘレンハルメ美穂訳、創元社より)
まさに錬金術の様子さながらである。青は一日にしてならず。

かのヨハネス・フェルメールの絵の鮮やかな青は、ラピスラズリのウルトラマリンだそう。そう知って絵を眺めると、その青の向こうにはまた別の世界が果てしなく広がる。


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