合計でちょうど1000ピースの作品を世に送り出した後、2020年に活動休止を決意したジュエラーがいる。スイスのジュネーブに拠点を置く、スーザン・シーだ。「アート・ジュエルズ」と呼ばれるだけあって、芸術性が高いスーザンの作品は、パリのメゾンデ・ミュゼ・デュ・モンドにおいて常設展示されている。
かつてニューヨークで暮らしていたスーザンはコンテンポラリーアートを収集していたため、バスキア、ジェフ・クーンズ、フランチェスコ・クレメンテ、ジュリアン・シュナーベルといった新進気鋭のアーティスト達と交流があった。スーザンは彼らと多くの時間を過ごす事で芸術への理解を深め、自分だけのルールや創造性に則って表現する姿勢から多大な影響を受けたという。
スーザンがジュエリーを作り始めたのは2002年に遡るが、元々は自分が身に付けるためだけの趣味だったそうだ。あまり一般的ではない宝石を好み、訴えかけてくる何かがあるルースを一つずつ自分の目で選んで使用した。彼女の個性的なジュエリーはたちまち社交界で評判となり、友人達からオーダーメイドの依頼が入るようになった。こうしてスーザンは自身のブランドを立ち上げるに至った。
「群集に埋もれるようなジュエリーは作らない」というのがスーザンの信条で、彼女の作風は固定観念を簡単に飛び越える。まずご紹介する2点はスーザンの作品の中でも有名なAspargus BraceletとShop Till You Drop Earringsだが、特に前者は決して他のジュエラーには真似できない発想力を感じさせる。アスパラガスという奇抜なモチーフを使用して、こんなに美しく洗練された作品に仕立て上げるジュエラーを私は他に知らない。後者のイヤリングも、忠実に再現された果実やバスケットの質感が実にリアルで、グリーントルマリンの石が付いていなければジュエリーだとは思わない人が大多数ではないだろうか。
想像もしていなかった大胆なモチーフ使いはスーザンが得意とするところで、上記画像のような作品群は、見る者のジュエリー観を容易く変えてしまう。ちなみにキャンベル・スープ缶がモチーフになっているWe Are Your Art Earringsはアンディ・ウォーホールの作品からインスパイヤされているが、ニューヨークに住んでいた頃、アンディはスーザンの友人の一人であった。スーザンと息子マークのポートレートをアンディが作成したのは有名な話だ。見るだけで楽しい気分になる作風は、80年代ニューヨークでポップアートの時代を生きたスーザンならではだろう。
しかしスーザンの作品はモチーフ選びだけがユニークなのではなく、高度な技術力によって成り立つ、華やかで作り込まれた佇まいを兼ね備えているのも魅力の一つだ。チタンやアルミニウムといった、ジュエリー作りにおいて一般的ではない異素材も初期から数多く取り入れていた他、石留めにおいても一見どうなっているかが分からないような方法を用いている事が多い。ジュネーブにある彼女の工房は年間に60ピース前後しか製造できないというが、ここまで凝り抜いた仕様の作りであればそれも頷ける話だ。スーザンの自由な発想力と、そのアイデアを具現化させる高い技術力が合わさって初めて、奇抜でありながら説得力のあるアートジュエルズが生まれるのだ。
ハイジュエリー関連の書籍に必ず名前が登場するスーザンは、確実に後世に名を残すジュエラーの一人であろう。ジュエラーとしての活動に幕を下ろす事になったのは非常に残念だが、これまでに生み出された作品は引き続き人々を魅了し続けることだろう。
画像・資料提供
Suzanne Syz Art Jewels | http://www.suzannesyz.ch