パリのヴァンドーム広場の近くに、「好奇心のキャビネット」との異名を持つ小さなブティックがある。ミュージアムのような内装に心が浮き立つ店内には、リディア・クーテルによるアーティスティックなハイジュエリーの世界が広がる。1995年にブティックをオープンして以来、様々なメゾンのオートクチュールコレクションに使用されるなどして世界的に知られる存在になり、名だたる国際的なアワードを受賞してきた。
モードの帝王、カール・ラガーフェルドに「天才」と言わしめたリディアの作風は非常に大胆で、ユーモアに溢れている。科学者、コレクター、宝石学者、アンティークジュエリーのディーラーなど、様々な肩書きを持つリディアの自由なスピリットから生まれる作品にはタブーが無く、挑発的ですらある。全て一点物の作品から構成されたコレクションをこれまでに30以上発表しているが、まずご紹介したいのは、新コレクションのローンチと同時に毎回発表されるユニークなイラストである。
上記の画像はそれぞれ、Amazonia Collection(左)と La Vie en Rose Collection(右)のイラストの一部だが、イラストの中にリディアの作品が組み込まれており、ジュエリーの現実的なサイズ感は重要視されていない。モデルがジュエリーを身に付けている一般的なキャンペーン画像とは異なり、リディアはあえてイラストでコレクションの世界観を表現してきた。これらのイラストは全て、リトアニア出身の作家、ナタリー・ショウによるもので、ナタリーとリディアの作風は非常に相性が良い。幻想的なイラストはファンタジーとリアリティの境界線を曖昧にしており、新コレクションの度に発表されるイラストを楽しみにしているファンは多い。一般的なジュエラーでは体現し得ないであろう、より没入できる世界観がそこには確立されている。
パリのアイコニックなランドマークをモチーフにしたParis Tiara(TOP画像)もそうなのだが、リディアの作品には、ハイジュエリーにありがちな堅苦しさが全く無い。また、非常に高価な希少石も奇抜な色彩もさらりと使いこなしており、モチーフ選びも独特なのにも関わらず、奇をてらったような印象は一切受けない。彼女の作品は、洗練され尽くした審美眼と独創性によって生まれた芸術と呼んで差し支えない。
Marie Antoinette Dark Side Collectionは名前の通り、マリー・アントワネットから着想を得ているが、彼女の華やかなイメージや当時の様式美からインスパイヤされたジュエリーであれば、他ジュエラーでも目にした事がある。しかしリディアの場合は一味異なり、当初は羨望を集めながらも徐々に憎まれる存在となり、最終的には断頭台の露と消えた王妃の、劇的な人生を表現している。
このコレクションはアントワネットが最も好んだ色であるパステルブルーが印象的で、一見可憐な印象のコレクションだが、よく見るとハープにはスパイダーが這っていたりと、不穏な気配を感じさせる。アントワネットはハープの演奏を非常に好んだとされており、投獄された時にもハープを持ち込む事を許されていた。華麗な宮殿生活から一転して、暗くて寒い監獄でアントワネットは何を想いながらハープを奏でていたのであろうかと、想像力を掻き立てられる。
次にご紹介するのは、ツァボライトやペリドットの鮮やかなグリーンが映えるQueen of Sheba Collectionだ。聖書に登場するシバの女王と、3000年以上前に彼女が支配したとされるエチオピアからインスパイヤされている。リディアが実際に訪れて魅了されたというエチオピアには、歴史上様々な宗教の伝承が混じり合い、動植物への信仰が存在している。一風変わったブラウンロジウムでコーティングされたリングは鮮やかなカラーストーンと対比を成して、プリミティブで神秘的な雰囲気に仕上がっている。
通常「コレクション」と言えば共通したモチーフの装飾を異なるアイテムに施すものだが、リディアの場合は一つのコレクション内のアイテムが全て異なるモチーフでデザインされている事も珍しくなく、どのアイテムを主役にしても成立してしまう。このコレクションにおいても、先程のリングとは全く異なるモチーフでティアラなど多数アイテムがデザインされているが、それでいて神秘的な統一感は損われておらず、自由奔放な作風を裏打ちする、デザイナーとしての技量を感じさせる。
他にもご紹介したい作品はまだまだあり、全て書ききれないのが残念だが、興味が湧いた方は是非一度ウェブサイトだけでも覗いてみてほしい。圧倒的な世界観にノックアウトされる事間違い無しだ。
画像・資料提供
Lydia Courteille | https://www.lydiacourteille.com